2024/03/03 10:00

地上の遥か上空、天界と言われる世界がある。
人々が神と呼ぶものたちが住む世界である。

天界には天使と悪魔の二つの種族が存在し、それぞれの種族固有の性格や姿を持っているものの、人々が想像するほど敵対しているわけではなかった。
両種族とも天界の繁栄、個々の平和と幸せのためにそれぞれが協力し合う関係であった。

その天界に、通称「天悪医師団」と呼ばれる神々の医療技術者集団がいた。
天界にも医師という職業は存在していたのだが、天悪医師団は独自の信念を持った医療集団であった。
彼らは天使と悪魔が協力して人々を救うことの重要性に焦点を当てていた。
かつて天使と悪魔が敵対する時代もあったが、天悪医師団は天使が天使を、悪魔が悪魔を救うというそれまでの固定概念にとらわれず、両種族が手を取り合うことの大切さを信念に組織された団体だった。

そんな信念をもつ天悪医師団に事あるごとに喧嘩してしまう二人がいた。
天使の聖女医と悪魔の鬼女医である。
二人は幼少期から天界でも有名な犬猿の仲だった。
天界の長であるゼウスが彼女らの不和には頭を悩ませるほどであったともいわれる。
しかし、それは同時に彼女らの不和が話題になるほど天界は平和だということでもあった。


そんなある日、天界に未曽有の危機が訪れる。
天界に謎のウイルスが広がり、神々や住民たちが病に倒れ始めたのだ。
ゼウスは天悪医師団にウイルスの原因を突き止め、治療法を見つけるよう呼びかけた。

天悪医師団はウィルス対策チームのリーダーとして聖女医と鬼女医を指名した。
普段は敵対心むき出しの聖女医と鬼女医もゼウスの言葉ということもあり、力を合わせることを受け入れた。
天使の聖女医は、豊富な知識と優れた医療技術で知られ、白衣の天使として患者たちから信頼されていた。
一方、悪魔の鬼女医は、その冷徹な性格と派手な見た目から黒衣の悪魔として畏怖されていた。しかし、鬼女医は独創的なアイデアとアプローチでこれまで救えないと言われた患者を数多く救ってきたのであった。
二人は対照的ながらも、医療分野での才能は天界一といわれることもあった。

彼女らはそれぞれの得意分野を活かしウイルスの特性を分析し、治療法を研究し始める。
時には意見が対立し口論になることもあったが、ゼウスの訴えと天界の危機に直面する現実が彼女らを共闘へと導いた。

そのウィルスは触手のような突起持つことから「イソギンチャク」と呼称されるようになった。
「イソギンチャク」は粘着質な性質を持つことが高い感染力の理由の一つであった。
そのようなウィルスは初めてであり、ワクチンの開発は指南を極めた。
そんな中、聖女医と鬼女医はイソギンチャクの感染予防にnSOBと呼ばれるワクチンに目を向けた。
それは太古のワクチンと言われるもので現代ではめったに使われなくなったものであった。
しかし、今回に関してはそれが有効であると彼女らは考え、そしてそれに間違いはなかった。
研究の成果により、天悪医師団は蔓延するイソギンチャクの制御に成功した。

と、思われた。

一時は収まった感染拡大だったがイソギンチャクは進化し、ワクチンに対応して変化し始めた。
彼らの努力は虚しく、再び危機が迫っていた。

聖女医と鬼女医はイソギンチャクがただの病原体ではなく、何か他の力の影響を受けている可能性を推測した。
彼女らはその元凶を突き止めるために奔走した。
そして、イソギンチャクは新種の蚊を媒体としていることを突き止め、その発生源を探った。

調査の結果、聖女医と鬼女医は一人の悪しき神の陰謀に辿り着いた。
その神はかつてゼウスによって天界を追放された「チャッキー」と呼ばれる神だった。
チャッキーは大きなチャック状の口を持った神で、その異質な姿と愚行から忌み嫌われた神だった。
ゼウスによって追放され、忘れ去られた神であったが新たな力を備え、再び天界に舞い戻ったのだった。
そしてチャッキーは天界の秩序を乱し、ゼウスに復習するためにイソギンチャクを操って混乱を引き起こしていたのだ。

聖女医と鬼女医はチャッキーの野望を打ち砕くため、チャッキーの根城へと向かった。

チャッキーの根城は暗い森の奥深くの洞窟、そしてさらにその奥に潜んでいた。
チャッキーのもとへ辿り着くことは簡単だった。その森と洞窟には魔物がいっさい潜んでいなかったからである。
チャッキーが放つ異質なオーラが魔物を寄せ付けなかったのだった。

聖女医と鬼女医はチャッキーを目の当たりにし、二人は驚いた。
チャッキーはかつて天界を追放された頃の姿とは全く違ったからであった。
人のような形はなくなり、まるで球体から手と足が生えたような姿をしていた。
皮膚を一枚剥いだような気味の悪いピンク色のその球体にはチャッキーの特徴であったチャック状の口があった。
その口から聖女医と鬼女医はから辛うじてその球体がチャッキーであると判断できた。

チャッキーは右手でそのチャックを開くと異臭と共に無数の触手が現れた。
そしてその触手が聖女医と鬼女医に襲い掛かる。
だが、簡単には彼女らがやられることはなかった。彼女らは医療技術もさることながら戦闘にもたけていたのだ。

次から次へと襲い掛かる触手。それは切っても切っても何度も再生し、加えて新たに増えていくようにも感じられた。
しかし、かつてゼウスを窮地にも追い込んだほどの実力を持ったチャッキーであったが、聖女医と鬼女医の連携に打ち勝つことはできなかった。
二人は戦いの中でチャッキーの弱点は触手が生えてくる口の中と見切った。
聖女医と鬼女医は、それまで憎み合っていた仲とは思えないほどの連携攻撃でチャッキーの口の中へ無数の銃弾を撃ち込んだ。
そしてチャッキーは倒された。

この勝利によって、イソギンチャクがそれ以上感染を拡大することはなくなり、天界には再び平和が訪れた。
聖女医と鬼女医の間には新たな信頼と絆が芽生え、ゼウスも天界の住民もみな安心した。

しかし翌日、聖女医と鬼女医はまたもや喧嘩を始めた。
聖女医は鬼女医が無断でペンを借りたことに腹を立てていたのだ。

その喧嘩は大げんかとなり、天界の他の住人たちはその様子を見ながら苦笑いした。
結局のところ、彼女らの関係が一夜にして完全に変わることはなかったのだ。
しかし、それでも彼女らの間には深い絆があり、二人の喧嘩はのちに笑い話になった。
天界の人々にとっては日常の一部であった。そして、それは天界の平和の象徴でもあったのかもしれない。